そのほか

海外からみた日本のトイレ文化

マルタ シチギェウ
マルタ シチギェウ
東京大学大学院 人文社会系研究科 日本学術振興会 特別研究員

2020/06/18

 日本トイレ研究所では、専門家の方をお招きして、少人数でトイレや排泄に関する勉強会を開催しています。
 今回はマルタ・シチギェウさん(東京大学大学院人文社会系研究科日本学術振興会 PD特別研究員)をお招きし、海外からみた日本のトイレ文化についてお話しいただきました。以下に要旨をご紹介します。

研究のきっかけ

 2010年に日本を訪れ、様々な企業を訪れる機会があり、TOTOを見学した際に、社員の方がTOTO便器の歌を踊りながら歌う光景を目にし、日本と母国ポーランドとの排泄の捉え方の違いを感じ、驚きました。同じく企業見学をしていた欧米人と話しても、人前で便器の歌を歌う光景は目を疑うものでした。そのようなこともあり、2014年の大阪大学の博士課程の際に、日本のトイレ文化を研究テーマに選び、特別研究員として、現在も、なぜの日本はトイレ大国になったのか、日本でみられる排泄に対する曖昧な態度などを焦点に研究を続けています。

現在の日本のトイレ

 日本人にはあまりピンと来ないかもしれませんが、日本のトイレは海外で注目されています。ハイテクトイレも日本人とっては珍しいものではありませんが、欧米人からは非日常に映ります。同時に、なぜトイレにそこまで注力する必要があるかという意見もあります。ANAによる訪日外国人向けの調査(All Nippon Airways IS JAPAN COOL?)では、日本のハイテクトイレは2位にランクインしました。
 物質文化の観点から見ると疑問に感じる点もあります。日本のハイテクトイレは、洋式トイレ+αの形をとっています。洋式トイレは個室でプライベートが保証され、嫌な臭いを防ぐために水が張られていて、「Restroom」や「Bathroom」のように直接的な表現が避けられるなど、トイレ空間は排泄に対する否定的な態度が具体化されているように感じられます。日本のトイレの+αは、プライベートを保証するための足元まで隠れる扉や、手で拭くことを避けるためのウォシュレット、排泄に伴う音を隠すための擬音装置などが挙げられます。このように、欧米の一般的なトイレと比べると排泄に対するネガティブな気持ちがより具現されているといえます。

日本でみられる排泄に対する曖昧な態度

 日本では、公共スペースに排泄を想起させるポスターやグッズ、テレビ番組での便秘の話、うんちにまつわるイベントなど「排泄に対する象徴的な表れ」が多くみられます。トイレ空間に対しネガティブな印象を持っているにも関わらず、日常生活のなかで、排泄の象徴的な表れを目にすることに疑問を持ち、外国人を対象に日本でみられる排泄に対する態度について調査を行いました。181人中160人(88%)が日本でみられる排泄に対する態度は母国でみられるものと異なると答えました。その中でも、「日本のうんちとの関係は変わっている。うんちのストラップなどはあるが、擬音装置で排泄時の音を隠そうとする。」という意見がありました。日本における排泄に対する態度は、外国と比べると異質なのです。

(データ提供 マルタ氏)

過去における日本の「排泄ハビトゥス」

 現代の日本における「排泄のハビトゥス」では、パラドクスがみられますが、過去における排泄の捉え方を研究することにより、以前の「排泄のハビトゥス」を探ることができると考えられます。そこで宗教の分析を試みました。
 古事記にある排泄に関わる話は7話あり、ネガティブなものは2話、ポジティブなものは2話、中立は3話あります。代表的なポジティブな話は、うんちから神が生まれてくるという話です。うんちから生まれてくる神は神道にしか存在しません。ネガティブな話では、スサノウがアマテラスの家に来てうんちを散らかすという話です。神道には否定的な話も肯定的な話どちらもあり、どちらの印象が強いかは一概にいえません。ゆえに、観念形態は中立・ノンバイナリーとしています。
 排泄行為は、日本人は昔、川の流れを利用し用を足すか、穴を掘って用を足していました。時代が進むと排泄物は人糞肥料として商品化されていきました。人糞肥料が使われ始めたのは鎌倉時代で、江戸時代になると農家が野菜で人糞を買い取り、価値が高まってきたことが分かります。慶安御触書では、「し尿が雨で濡れないように屋根を作ること」という決まりも設けられました。江戸時代中期からは、野菜ではなく、お金で取引が行われるようになり、盗難の記録もあります。これらのことから、昔の日本における排泄行為は、人糞利用という特徴がありました。
 以上を踏まえると、「排泄のハビトゥス」は、観念形態は中立・ノンバイナリーで、排泄行為は人糞利用であったと考えられます。ここで重要なことは、観念形態が中立・ノンバイナリーであったからこそ人糞の利用は大きなビジネスになったということです。

欧米との「排泄のハビトゥス」の衝突

 当時の日本は、人糞利用がゆえに欧米人から衛生的であると称賛を受けていました。それは16世紀の欧米では、人糞肥料に価値をあまり見出さず、窓から捨てることもあり、町が人糞で汚れていたからです。しかし、この状況は開国後、変わっていきます。日本の開国以後に日本を訪れた外国人の日本庶民の人糞処理に関する記述はネガティブに記録されています。その影響を受け、1872年の違式註違条例では、屋外での排泄や人糞を蓋なしで持ち運ぶことを禁止しました。その様子は浮世絵でも示されています。
 なぜ外国人が人糞肥料に対し否定的になったのかは、「排泄のハビトゥス」で分かります。18世紀までの欧米におけるハビトゥスを考えると、排泄物は罪の象徴であったため、積極的に人糞を肥料として活用することはなく、排泄行為は排泄物を捨てる行為でした。日本では肥料として活用していたので、人糞で町が汚れることはなく衛生的であると考えられていました。欧米でトイレと下水道が普及してからのハビトゥスの観念形態は同じでしたが、排泄行為は「排泄をしないようなフリをする」ように変わっていきました。トイレ技術が進み洋式トイレが普及することにより、排泄物が公共空間から消えていき、人糞肥料を扱っている日本への批判が生じました。

窓から排泄物を捨てる様子
( Wallace Reyburn, Flushed with Pride, 1989, Pavilion Books, 49. )

日本における排泄に対する態度の変化

 戦間期では、日本の排泄に対する態度に変化が見られるようになってきます。1884年の神田下水の整備や1922年三河島汚水処理場の整備、化学肥料の普及などにより、地方での需要はまだありましたが、人糞肥料の価値が下がっていきました。インフラの整備により、衛生的なトイレの開発も進み始めていきました。
 1917年に小倉和親は「国民の生活文化を向上させたい」「健康で文化的な生活を提供したい」という思いから東洋陶器を設立し、洋式便器が普及し始めました。そのようなことから、当時から洋式便器は文化の象徴という考えが定着し始めた一方、洋式トイレの使い方はなかなか普及せず、なかには否定的な意見もありました。

生活改善展覧会のポスター

洋式化へ

 占領期になっても、日本の排泄行為は人糞利用が一般的でしたが、欧米の排泄行為=文化的という考え方があり、戦後のアメリカは、日本の衛生化を促進する動きがありました。1951年には、「A flush toilet is the first condition of civilized living(水洗トイレは文化生活の第一条件)」と記されたパンフレットが東京で配布されたこともありました。汲み取りの機械化も進み、洋式トイレも徐々に定着し始め、1977年には、洋式トイレの販売数が和式トイレを上回りました。

なぜ下水道の工事は遅れた?

 1960年代は海洋投入などが原因で環境危機に陥りましたが、1970年に下水道法が改正され、下水道の工事が本格的に始まり、1980年代後半からは、下水道がメインの処理方法となりました。
 なぜ下水道の整備が遅れたのでしょうか。し尿のレガシーと考える説もありますが、戦後から70年代までの期間に渡って整備が進まなかった状況を、それだけで理由で語るには根拠が弱いように感じます。工事費がネックだったという考えもありますが、1961年の統計で1,399億円は道路工事、238億円は港の工事、30億円は環境保全に充てられ、環境保全費のうち7億円が排水関係に充てられました。排泄環境改善が重視されていなかったことが分かります。一般国道の整備は80年代では、83%だったにもかかわらず、下水処理人口は23%でした。豊かな時代であったにもかかわらずです。
 下水道工事が重視されなかった要因は、見た目がすでに欧米の「排泄のハビトゥス」と一緒であったためと考えられます。具体的には、欧米人が戦後において、日本でまず行ったことが、洋式トイレの普及であり、80年代は洋式トイレが多数を占め、表面上は欧米と差のない状況になりました。「排泄のハビトゥス」における排泄行為は欧米同様に排泄をしないようなフリをするようになったのです。

トイレ大国へ

 ハビトゥスが同等になると、distinction competition(差別化)の機会が生じます。その目的は、相手のハビトゥスを超えるために、工夫を凝らすことです。そこで、排泄行為が欧米と同等になった日本は、温水洗浄便座、擬音装置、臭気対策などを施し、差別化を図りました。その結果が、現在の日本におけるトイレの形と考えられます。
 日本における排泄に対する曖昧な態度は、「排泄のハビトゥス」で読み解くことができると考えられます。欧米の影響を受けて、排泄行為は人糞の利用から排泄行為をしないフリをするように変化を遂げていきましたが、観念形態は欧米の否定的なものとは異なり、以前から中立・ノンバイナリーであり、よほどのことがない限り変わることはありません。中立・ノンバイナリーな観念形態があるからこそ、日常生活のなかで排泄の象徴的な表れや、日本のトイレは進化を遂げたのです。

マルタ シチギェウ
マルタ シチギェウ
東京大学大学院 人文社会系研究科 日本学術振興会 特別研究員

ポーランドのアダム・ミツキェヴィチ大学 日本研究専攻を卒業したあと、日本に渡り、文部科学省の国費外国人留学生として大阪大学人間科学研究科にて日本トイレ文化を研究し始め、2017年に当大学で博士号を取得した。現在、日本学術振興会の特別研究員として東京大学大学院人文社会研究科に属している。

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