そのほか

男性のおしっこ姿勢を科学する

鈴木 基文
鈴木 基文
東京都立墨東病院 泌尿器科 部長

2022/07/28

男性の排尿姿勢に興味を持ったきっかけ

みなさん、こんにちは。私は都内の病院で泌尿器科医として働いています。泌尿器科とは尿の通りみち(尿路)に関係する病気の診断・治療を行っている診療科です。尿の出が悪い、夜間に何度もトイレに行く、尿が漏れる、といった排尿に関連する症状のことを下部尿路症状といいます。下部尿路症状の診断・治療も泌尿器科医の仕事です。

下部尿路(膀胱や尿道)の機能を調べる方法の一つに尿流測定という検査があります。尿流測定では尿の勢いや排尿後に膀胱に残った尿の量(残尿量)を調べます。5年ほど前のことになりますが、尿流測定の検査記録には尿の勢いや排尿時間だけでなく、排尿姿勢も記録されていることに気づきました。私の実家には立ちション(立位排尿)用の男性用便器があり、物心ついた時から男性は立ちション、女性は座りション(座位排尿)が当たり前という家庭で育てられました。

しかし、社会人になって身の回りのトイレ環境を見てみると洋式便器ばかり。私は現在もあいかわらず立ちションをしておりますが、世間ではどうでしょう(うちの妻や娘たちはどう思っているのだろう)。近頃、「立ちションでトイレを汚して妻に叱られたため座りションに転向しました」という男性患者さんにお会いする機会が増えてきました。尿流測定の検査記録からも座りション派の男性が少なくないというリアルなデータを目の当たりするようになり、男性の排尿姿勢に興味を持つようになりました。

このコラムでは、男性の排尿姿勢について論文等から得た情報や実際に尿流測定の検査結果を解析してみて分かったことをみなさんにお伝えしたいと思います。

男性の座りション率(座位排尿の割合)について

男性の排尿姿勢に関する過去の調査結果をグラフにまとめました(図1)。日本のトイレメーカーのTOTO社が2004年と2009年に行った調査結果[1]では、男性の座りション率は23.7%、33.4%でした。2017年の日本トイレ研究所からの報告では43.7%[2]、2021年のLION社からの報告では60.9%[3]となっており、もはや男性の立ちションは少数派のようです。
一方、2020年に米国の研究者らからの報告によれば、米国男性の座りション率はわずか18.0%でした。座りションを好む男性では、下部尿路症状を患っている割合が高く、肥満や関節痛など身体的な制限のある割合が多かったそうです[4]。日米の座りション率の差には生活環境や文化的背景の違いも影響しているようです。

図1 日本人男性の座りション率の変化(作成:鈴木基文)

座りションの方が有利なこともある

男性の中には「本音を言えば立ちションしたい!」という方がいらっしゃるかもしれません。しかし、実は座りションの方が有利と言えるような研究結果も出ています。

オランダの研究者らが男性の排尿姿勢に関する複数の論文を統合して解析した結果、下部尿路症状を有する男性では座りションの方が立ちションに比べて残尿量が約25 mL少なかったそうです[5]。インドの研究者らも、50歳以上の男性では座りションの方が立ちションに比べて残尿量が少なかったと報告しています[6]。残尿量が多いと、トイレの回数が増える(頻尿)、膀胱炎になり易いなどのデメリットがあります。

若くて健康な男性にとって座りションの利点は少ないようですが、高齢で下部尿路症状を自覚されている男性にとって座りションは良い選択と言えそうです。

日本人男性の座りションには2つの理由がある

昨年1年間に当科で尿流測定を受けた370人の男性患者さんからご提供頂いたデータを解析したところ、座りション率は38.6%(143人/370人)でした[7]。世代別の座りション率は49歳以下で57.1%、50代で42.9%、60代で45.2%、70代で37.3%、80歳以上で35.1%でした(図2)。

図2 世代別排尿姿勢(作成:鈴木基文)

座りションの理由をお尋ねしたところ、「トイレを汚さないため」が54.5%、「楽に排尿できるから」が14.0%、「排尿姿勢が安定するから」が10.5%という結果でした。また、特に65歳以上の男性では、座りションを好む男性の特徴として、尿の勢いが良い、排尿が始まるまでの時間が長い、排尿時間が長いという結果も出ました。さらに、座りションの男性の方が立ちションの男性に比べてbody mass index(BMI:注)が低い、という結果も得られました。BMIが18.5 kg/m2未満(瘦せ型)の男性に限定すると座りション率はかなり高く、87.5%でした。どうやら、日本人男性の座りションの理由には「トイレを汚したくない」、「座りションの方が身体的に楽」という2つの理由があるようです。

注:BMIとは肥満度を示す体格指標です。体重(キログラム)÷身長(メートル)÷身長(メートル)で算出できます。日本肥満学会ではBMIが18.5未満の場合を低体重(痩せ型)、25.0以上の場合を肥満と分類しています[8]。

今後の展開

みなさんは、フレイルという言葉を聞いたことがあるでしょうか?フレイルとは英語のfrailty(虚弱)を語源とし、健康な状態と要介護状態の中間に位置する状態のことと説明されています[9]。

もしも、立ちション派だった高齢男性がある日を境に座りション派に転向したとすると、その理由は何でしょうか?現在私が考えている仮説は、「座りションの方が身体的に楽」だからという理由で座りションを始める男性がいたら、それはフレイルの予兆かもしれない、というものです。男性の排尿姿勢の変化からフレイルを見抜けるだろうか?という視点で、これからも研究を続けようと思います。

文献
1. https://xtech.nikkei.com/kn/article/knp/column/20091026/536375/ (accessed on July 8)

2. https://www.toilet.or.jp/wp/wp-content/uploads/2017/11/46ac21da5a9f3f37bcb895dd3d5e33e7.pdf (accessed on July 8)

3. https://www.lion.co.jp/ja/company/press/2021/3627 (accessed on July 8)

4. Namiri NK, Cheema B, Lui H, Enriquez A, Rios N, Srirangapatanam S, Cohen AJ, Mmonu NA, Breyer BN. Characterizing voiding experiences of men choosing seated and standing positions. Neurourol Urodyn. 2020; 39: 2509–2519.

5. de Jong Y, Pinckaers JH, Brinck RM, Lycklama á Nijeholt AA, Dekkers OM. Urinating standing versus sitting position is of influence in men with prostate enlargement. A systematic review and meta-analysis. PLoS One. 2014; 9: e101320.

6. Goel A, Kanodia G, Sokhal AK, Singh K, Agrawal M, Sankhwar S. Evaluation of impact of voiding posture on uroflowmetry parameters in men. World J Mens Health. 2017; 35; 100–106.

7. Suzuki M, Shiratori T, Naito A. Relevant predisposing factors for voiding in a sitting position among Japanese male adult patients. Continence. 2022, in press. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2772973722000169 (accessed on July 26)

8. http://www.jasso.or.jp/contents/wod/index.html (accessed on July 8)

9. https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/info/topics/pdf/20140513_01_01.pdf (accessed on July 8)

鈴木 基文
鈴木 基文
東京都立墨東病院 泌尿器科 部長

2009年以来、本間之夫先生(日本赤十字社医療センター院長)に師事し、老年泌尿器科学、高齢者排尿自立支援の研究に従事。2015年に老健、特養における高齢者排せつ障害の全国疫学調査に従事。2018年老人保健事業「施設系サービスにおいて排泄に介護を要する利用者への支援に掛かる手引き」委員会委員長。

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