子どものトイレ

トイレカーペンターズ~気仙沼市立松岩小学校編~

加藤 啓太朗
加藤 啓太朗
オツデザイン一級建築士事務所 代表

2020/07/30

「がんばっぺっっつ!トイレカーペンターズ!!」円陣を組んだ大人も子供も、これから皆で何かをはじめるという高揚感とイントネーションがちょっとおかしい掛け声のせいで、笑いと拍手で参加型トイレ改修活動がスタートしました。

1)校庭の汲取り式トイレ

本稿では、2012年10月27・28日に行った気仙沼市立松岩小学校の校庭に立地した汲み取り式トイレの参加型改修活動とその関連事業について報告します。

今回のトイレカーペンターズが出動した松岩小学校は、高台に立地していたことから2011年3月11日の東日本大震災の被災時には避難所として機能しました。この時、松岩小学校は耐震補強とトイレの水洗化のための校舎大規模改修工事が終了した直後の被災であり、耐震補強のおかげで校舎に被害はありませんでしたが、水道供給が途絶えたために水洗化したトイレがまったく使えない状況になったそうです。

トイレカーペンターズにより彩られた汲み取り式トイレ

ここで活躍したのが今回の現場となる校庭の汲取り式トイレです。
そのたたずまいからみてもかなりの年月が経っていることは容易に想像できますし、積極的に使うかと聞かれれば、快適なトイレに慣れた筆者ですとできれば校舎まで走っていって用を足したいと思える雰囲気を隠し切れません。特に小便スペースの刺激的なヴィジュアルと臭い・・・うぅ。ただ、意外と子供たちは日常的に使用していたようで、「部活中とか、わりと使ってたよ。」なんて女子もいました。「でも男子がおしっこしてる時、一緒はやだよねー。」とも。

しかし当時は校舎内水洗トイレがまったく機能しない中、校庭の汲取り式トイレの平時と変わらぬその頼もしさに利用者は大変感謝したそうです。夜の暗い時間には、校庭に停めた車のヘッドライトで明かりを確保し利用したというお話も聞きました。市内の他の大型避難所では被災初期のトイレ事情は劣悪(水洗トイレの使用不可、代替トイレの利用しずらさ・スペースの不安定さ、仮設トイレのオーバーユース、衛生環境を保てない等)だったと聞きます。

この校庭の汲取り式トイレは、新しい施設配置の関係もありいずれ取り壊される予定にあったそうですが、まずは理屈抜きでこのトイレに“感謝する”、そして改めて水洗だけでないトイレ機能のあり方について “気づきを共有する”機会にならないかと我々は考え、「トイレカーペンターズ」としてこのトイレをもう一度輝かせるために、掃除道具とペンキを持って気仙沼へ乗り込むことにしました。

説明が前後しましたが、「トイレカーペンターズとはほんのちょっとの手間と工夫で気持ちよくて楽しいトイレができるってことを実践して伝える、楽しそうで・かっこよく・憧れの存在のトイレのお兄さんお姉さん集団である。おしゃれに作業着(つなぎ)を着こなし、音楽に乗りわいわいやりながら、見ちがえるようにトイレを変身させて、また次の現場へ向かう。プロフェッショナルな工事をするわけではないけれど専門家じゃなくてもみんなでやるとできるんだっ!」てことを、妄想膨らませて結成したのです。

2)復興教育支援事業

授業の様子「災害時のトイレを考え、快適な排泄をしよう」

今回のトイレカーペンターズ+生徒・職員・地元有志の汲み取り式トイレの参加型改修活動は、これ単独で計画されたものではありません。日本トイレ研究所は、文部科学省による復興教育支援事業を受けて、「災害時のトイレと排泄を考える学習指導(案)」の作成と指導(案)に則った授業を行いました。この学習指導は6年生を対象に計3回の授業を行なったものですが、さらにこの授業を踏まえてトイレカーペンターズという実践活動を提案したものです。プラスαとなる実践活動は、復興教育支援事業とは別の自主的な活動となりますが、ちょっとどうなるのかなと不安顔の小学校側を口説いて実現してしまう。。。これが日本トイレ研究所の熱い部分だなと思います。(校長先生他の先生方の前向きな姿勢にも助けられました。)

第1回目の授業は「災害時のトイレを考え、快適な排泄をしよう」と題し、災害時のトイレ事情や簡易組み立てトイレの紹介・自然エネルギーの活用等の様々な事例を通して、災害に強いトイレについて考える授業としました。
第2回目の授業は「排泄と健康(心と身体)の関係」と題し、心も体もリラックスさせることで快適にうんちができることを、体の仕組みについても触れながら、実際に生徒も体を動かす授業を行いました。
第3回目の授業は「自分たちで環境は変えられる」と題し、ここでは先に南三陸町志津川保育園で行った第一弾のトイレカーペンターズ活動の動画を織り交ぜながら授業を行いました。

この動画の中には活動後のトイレを見た園児たちの反応も入っており、はじける笑いやら、歓喜の叫びやら、冷静な感想やらの波に生徒たちも釘付けでした。

トイレの参加型改修活動といっても、どうせ掃除させられるんだろーという懲罰としてのネガティブな思い込みもあってか、事前に6年生にトイレカーペンターズへの参加を呼びかけていた時点では、希望者は2クラス合わせて8名だったと記憶しています(しかもPTA役員のお子さんなどが主で、彼らも乗り気だったかどうかはわからりませんが…)。

しかし、授業の後は2クラスで50名強がトイレカーペンターズに参加したいと手を挙げてくれました。実際に来てくれた生徒はこの数よりも減りましたが、座学と実践が絡み合い、子供たちにとってより深い学習体験の機会になったのではないかと思います。仕上がりの姿を見て、やっぱり参加したかったという声も後にあったようです。

3)トイレカーペンターズ1日目_2012/10/27(Sat.)

本稿冒頭の掛声のあとは、教職員や地元の有志を中心として天井や壁の高い位置の清掃とケレン(塗装の下準備で、やすりで表面を粗し後の塗装の仕上がりを良くすること)、塗装を行いました。ここで嬉しいのは、学校関係者だけでなく地元の有志が駆けつけてくれたことです。

案内は限られた範囲の中だったのですが、こうした活動の心の部分を現地の多くの人に託せるということは何より心強いんです。我々が東京に戻っても現地には行動を共にした地元の人がいるというのは、心を同じにする“仲間が増えた”ということなんだと思います。

清掃後に塗装する様子

塗装というのは不思議な魅力を持っているようで、はまる人ははまるようです。心静かに、ひたすら目の前の壁と向き合い、感触を確かめながら、もくもくと、時の経つのも忘れ、周りの音すら聞こえなくなって・・・当日は向いてる人にお任せすることにしました。何人か開眼したように見受けられました。

校庭の汲取りトイレばかりをクローズアップしましたが、トイレカーペンターズは校舎内の水洗トイレも忘れていません。そう、校舎内の水洗トイレだって日常の使用頻度は校庭の汲取りトイレとは比べ物にならないくらい高くお世話になっているんです。こちらも楽しく快適にしようということで、清掃+マスキングテープによる飾り付けを皆で行いました。

校舎内トイレの飾りつけ(マスキングテープの貼り付け)の様子

マスキングテープとは塗装等の際に作業箇所以外を汚さないために貼る保護用の粘着テープですが、最近は柄もかわいいおしゃれなものが商品化されています。このマスキングテープメーカーにはマスキングテープを多数提供してもらい、すっきりきれいだが面白みに欠けた校舎内トイレが楽しさあふれる空間となりました。作業中も笑いが途切れることがなかったです。

4)トイレカーペンターズ2日目_2012/10/28(Sun.)

校庭の汲取りトイレは、1日目の作業で概ねの内装を白塗りで整え、この日は生徒が多数参加して白塗りの空間に彩りを加える作業を行いました。

松岩小学校を囲む自然・皆で支えあって保たれる環境を表現し、さわやかな風をトイレの中に取り込むイメージこめて、ステンシルという技法(様々な模様に切り抜かれた型紙を使って絵を壁に落とし込んでいく)で緑の林を描いていきました。こちらであらかじめ木の幹を描いておき、それをベースにして周りをどんどん描いていったのですが、これがどんどんイメージが広がっていってなにか物語りでも書けそうな勢いでした。しばしば脱線した男子生徒の絵は、優しい先生が木の葉の絵でやんわり上書きしてくれるなど、そうしたやり取りを見るだけでもほほえましく、とても気持ちの良い時間が流れていました。

ただ、現場は汲取り式トイレ内です。にもかかわらずこれだけ居心地良く楽しい時間を、しかも長時間過ごせるとは予想もしませんでした。間違いなく、人生でもっとも長く汲取り式トイレに身を置く経験をしました。

ステンシル作業の様子

そんな楽しい時間を過ごしながらも、この日筆者は東京からの小包を今か今かと待っていました。
前述の復興教育支援事業直後に生徒に書いてもらった感想等のアンケートがあったのですが、取れたて新鮮な生の気持ちを我々のものだけにしておくのがあまりに惜しく、この中でも心に引っかかった言葉をピックアップしてこれを板材に焼き付けたのです。

今回の授業や実習がただのイベントとして過ぎ去るのではなく、その時どんな気持ちになったのか言葉にして残しておきたいと強く思い、学校側にはサプライズで用意しました。ただ東京側での準備に手間取り、友人のデザイン会社に仕上げを託して気仙沼入りしていました。後で聞くと、その友人とスタッフは交代で睡眠をとり丸2日間レーザープリンターにつきっきりの作業をしたそうです(感謝です!)。

次へ次へと読み進みたくなる言葉が刻まれた木の板を、目線の高さで壁に連なって貼り付け、入口に入るとそのまま思わず奥へと吸い込まれるようなトイレ空間となりました。第一日目だけ参加した(力仕事や掃除など地味だが重要な仕事を引き受けてくれた)NPOの若者が、後日このトイレを見に来た時に見つけた「トイレの中で深呼吸をしたい」は彼の一番のお気に入りの言葉で、その他もすべて印象に残る素晴らしい言葉の数々だったと話を聞かせてくれました。

トイレや排せつに対して、子供達のポジティブな言葉が並ぶ

5)おわりに

「今後はあなた達もトイレカーペンターズです。これからもみんなで気持ち良くトイレができるように、自分たちで考え行動してみようね。」

残った塗料や道具等は現場に譲り渡し、今回の活動を締めくくりました。前述のトイレカーペンターズ結成イメージとは若干違う部分はありますが、周りの人を巻き込んで見ちがえるようにトイレを変身させるという点はかなり達成されたように思います。
ただこの活動もその資金や活動場所のマッチング(人様の物を勝手にやっちゃうわけにもいきませんし)の問題や、参加者に提供できる知識や技術・製品といった質の問題等、手探りな部分が大変多く、これからも試行錯誤になると思います。ただ見方を変えれば、たくさんの協力を得ながら仲間を増やして、一つ一つの現場に適した解決を探っていくという事でもあると言えそうです。また、我々のスキルアップも加えなければいけない課題です。

2020年現在、上記のような課題はいまだ抱えながらも、年一回程度のペースでこうした活動を続けています。またどこかで出動要請がかかるのを楽しみにしています。

加藤 啓太朗
加藤 啓太朗
オツデザイン一級建築士事務所 代表

公共施設・空間とそこに生じる活動に関する調査・研究・計画・実践を通して、心動かす空間と体験の場づくりに取り組む。
学校や公衆トイレの空間改善「トイレカーペンターズ」や啓発授業等をNPO法人日本トイレ研究所と協働。

PICK UP合わせて読みたい記事