災害時のトイレ

災害時、安全に水洗トイレの使用を再開するには|「集合住宅の『災害時のトイレ使用マニュアル』作成手引き」の概説

木村 洋
木村 洋
空気調和・衛生工学会フェロー、㈱長谷工コーポレーション技術研究所 博士(工学)、技術士(上下水道部門)

2020/06/25

はじめに 

公益社団法人空気調和・衛生工学会 災害時のトイレ使用マニュアル普及検討小委員会では、このたび「集合住宅の『災害時のトイレ使用マニュアル』作成手引き」を公開いたしました。本手引きは、大地震発生時、分譲マンションで安心して在宅避難をするには、自宅のトイレが安全に使えることが不可欠という思いから、各マンションで「災害時のトイレの使用マニュアル」を作成するための要領をとりまとめたものです。震災時を想定して作成していますが、近年、多発する風水害発生時にも運用することができます。

なぜ「災害時のトイレの使用マニュアル」を作成しなければならないか

大地震が発生すると、建物内の共用部配管の破損による漏水・詰まりが発生することがあります。マンションでは、トイレ等の排水管は、他の住戸とつながっているので、共用部の排水管が破損(閉塞)した状態で上階から排水を流すと、排水管内の空気が圧縮されて、下階の住戸で便器から封水(臭気などを遮断するために便器に溜められた水)が跳ね出したり、排水があふれたりします。

震災による排水設備の破損

今日、「大地震発生時には、排水管の安全が確認できるまで水を流さない」という考えが広まってきています。しかし、その間は、トイレを使えないという不便さが生じます。トイレ使用を禁止してトラブルを発生させない安全性の確保と、トイレが使えない不便さを考慮して、それではどうするか ・・・・・ 事前にマンション居住者の合意のもとにトイレの使用ルールを取り決めることが重要となります。

マンションの給排水設備調査 <マニュアル作成のための事前作業>

 竣工図面や専有部の販売パンフレットを基に、マンションの排水設備が、各住戸から下水道までどこを通っているのか実際に現場で確認します。図面には、排水設備の系統図と平面図がありますが、トイレの汚水管以外にも雑排水管、雨水管、通気管、ディスポーザー排水管など様々な配管があり、理解するには専門的な知識が必要です。居住者に建築設備に詳しい方が住んでいたら、その方に協力をお願いしましょう。あるいは、管理会社に相談して調査を依頼できる設備会社を紹介してもらいます。

 排水設備(汚水管)の位置が確認できたら、災害時にどこを点検するか、わかりやすい図(絵)を作成します。誰でも点検できるように、図面には、点検箇所の写真を貼りこんでおくとわかりやすくなります。

専有部の点検箇所と点検方法の例
屋外配管の点検箇所と点検方法の例

災害時の対策フローの作成

 災害発生時の排水設備の点検内容とトイレ使用の可否判断のルールを決めます。発災からの時間経過に応じて、緊急点検ステップ、機能点検ステップ、暫定使用ステップ、復旧確認ステップの4ステップとし、ステップごとに居住者が行う点検内容と管理組合が行う点検内容・対策をフローにまとめます。

「緊急点検ステップ」では、携帯トイレを使用し、目視で給排水設備の大きな損傷がないか点検します。排水設備に損傷がなければ、「機能点検ステップ」に移行し、断水していても水を確保できる場合は、バケツ洗浄を開始します。排水を流して異常やトラブルが発生しないことを確認したら、「暫定点検ステップ」に移行し、引き続きトラブル発生の兆候に注意しながらバケツ洗浄を継続します。「復旧確認ステップ」では、管理会社、専門業者の確認が必要となります。事前に実施方法や連絡先を確認しておきます。

大地震発生時の対策フロー

バケツ洗浄の実施

断水時のトイレ洗浄は、排水設備や処理施設に異常がなく、水が確保できる場合は、洗浄水の節水を目的として、「バケツ洗浄」とします。バケツ洗浄に必要な水量は、個人差や便器の違いによる差があるため、事前に各家庭トイレでバケツ洗浄を実施し、少ない水で洗浄する練習をするとともに、必要水量を把握します。

好ましいバケツ洗浄方法

水害時の「トイレ使用マニュアル」の運用

床下浸水時には下水道本管は満水になり、建物の排水管内にその水が逆流してきます。結果的に排水管が閉塞された状態になるため、トイレで排水すると下階で封水が跳ね出します。そのためトイレの排水は流せないので携帯トイレを使用します。これは緊急点検ステップに該当します。

水が引いてから、機能点検ステップを実施します。第一桝や公設桝を点検し、土砂の流入、排水管の損傷等の異常のないことを確認します。その後、通常洗浄、あるいは、断水時で水があればバケツ洗浄を実施して封水の跳ね出しが発生しないことを確認します。

水害時に発生する不具合

おわりに

大地震発生時、被災した集合住宅の排水設備の被害状況とそのトイレ使用状況の資料は見当たらず、本手引きの作成にあたっては、過去の教訓、経験をどれだけ反映できているかという疑問があります。今後、この手引きを普及し、トイレ使用のルールを各マンションで作っていただき、どんな課題があるのかをフィードバックしていただき、より実効性の高い手引きにブラッシュアップしていきたいと考えております。

公益社団法人空気調和・衛生工学会 災害時のトイレ使用マニュアル普及検討小委員会
「集合住宅の『災害時のトイレ使用マニュアル』作成手引き」
http://www.shasej.org/iinkai/200603/hpup20200604.pdf

木村 洋
木村 洋
空気調和・衛生工学会フェロー、㈱長谷工コーポレーション技術研究所 博士(工学)、技術士(上下水道部門)

技術研究所にて集合住宅の建築設備に関する研究開発に従事するとともに、空気調和・衛生工学会の研究委員会活動に参画し、現在、災害時のトイレ使用マニュアル普及検討小委員会の主査として、「集合住宅の災害時のトイレ使用マニュアル作成手引き」の普及活動に取り組んでいる。

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