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「燃料はオシッコ」バイオ燃料電池の開発|大阪工業大学・金藤教授に聞く

金藤 敬一
金藤 敬一
工学博士、九州工業大学名誉教授、大阪工業大学工学部生命工学科客員教授

2020/07/09

山小屋や災害時など、燃料が乏しい環境でも持続可能な発電を——そこで、人間なら誰しもが毎日生み出す「尿」を燃料にした電池を、大阪工業大学工学部の金藤(かねとう)敬一教授が研究・開発しています。

山小屋での経験から着想

——まず、開発に至った経緯をお伺いしたいのですが

金藤 きっかけは南アルプスの北岳にある山小屋を訪れたときのことでした。夜、トイレに行くと真っ暗で懐中電灯は必須。もともと導電性高分子*1を研究していたこともあり「(この状況下で)尿を燃料にした電池ができれば」と思いつきました。下山後、トイレ行列を見た時に「貴重なエネルギー源にもなり得るものが捨てられてしまっている」と改めて気づかされ、研究をはじめました。

*1 導電性高分子とは電気を通すプラスチックのことで、スマートフォンの画面をはじめとしたタッチパネルや有機ELディスプレイ、帯電防止材などに用いられています。

——尿を燃料にした電池はどのような仕組みなのでしょうか?

金藤 尿は大部分が水分で、尿素、炭素、酸素、窒素、水素などが結合したもので、そのままの状態では燃料として使えません。しかし、これらの化合物を触媒によって二酸化炭素(CO2)、二酸化窒素(NO2)、水(H2O)に分解することで燃料として使えるようになります。

——触媒はどのようなものでしょうか

金藤 触媒というと通常は白金が使われることが多いです。白金は万能触媒と言われ、水素燃料電池など多くの燃料電池で使われています。しかし、尿素を用いたこの電池には効果がありませんでした。

そこで、スマートフォンなどのシールド材*2に使われている、銅ニッケルをメッキした織布を使うと、出力が見られることがわかりました。さらに、導電性高分子のPEDOT-PSS*3を塗ったものを使うとより高い出力が見られるようになりました。

*2シールド材は、人体に有害な電磁波や機器内の回路干渉を防止するために、スマートフォンなどに用いられています。

*3PEDOT:PSSとは、導電性ポリマーの一種であり、ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)(PEDOT)とポリスチレンスルホン酸(PSS)から成る複合物の略称です。 PEDOT:PSSは他の導電性ポリマーに比べ、安定性、透明性、成膜性に優れています。

尿素燃料電池により発光ダイオードを点灯

——開発された電池はどのくらいの発電量があるのでしょうか。

金藤 開発当初は最大2.62ミリワットの出力で、イベントでは電池4つを直列させて青色発光ダイオード(LED)を約2時間点灯させるデモンストレーションを行いました。現在では触媒の改良を重ね、10ミリワット以上になっています。山小屋の電灯にするためには2〜30ミリワットが必要ですし、採算が取れる電池としては100ミリワット近くが求められます。出力の安定性の面ではまだまだ改良が必要です。

エネルギーとしてのポテンシャルは高い

——尿はエネルギーとしてどのくらい可能性のある存在でしょうか。また、発電量を増やすにはどれくらいの量が必要でしょうか?

金藤 尿の大きな利点の1つは、収集コストがかからないことです。植物由来のバイオマス燃料などは採取コストがかかりますが、尿は廃棄物として集積されるものです。さらに、この電池で燃料となる尿素はエネルギー密度*4が高く、液体水素の1.6倍と言われていて、ポテンシャルが高いことも利点です。

発電コストも安くすみます。これは燃料電池として活用する際に、通常の発電とは違い改質*5などの中間プロセスを挟まないためです。

一方で難しい点もあります。アルコールやメタンガスなど、火をつけてすぐに燃えるものは燃料として使いやすいですが、尿そのものは火をつけても燃えないでよすね。前述の通り、エネルギーとしてのポテンシャルは高いのですが、エネルギーを引き出すことは容易ではないのです。

*4電池の単位質量、または単位容積当たりに取り出せるエネルギー。Wh/kg、Wh/Lなどの単位で示され、電池のエネルギー容量を示す重要な指標です。

*5バイオマス燃料はバイオマスをガス化し、水素に改質することで燃料となります。

金藤 発電量を増やすポイントは触媒の表面積を増やすことです。燃料となる尿*6の量や濃度もむろん関係しますが、燃料は触媒と反応することでエネルギーに変換されるので、触媒の表面積を増やし、燃料をエネルギーにするキャパシティを増やすのです。出力の上限を決めるのはあくまで触媒なのです。

*6ただし、薬を服用している人の尿の場合、触媒の劣化が速くなる可能性があります。

——今後の取り組みや展望についてお聞かせください

金藤 発電量以外にもいくつか課題があります。1つは耐久性です。触媒に尿を反応させると、1日ほどで目詰まりなどがおきます。実用化するには触媒の耐久性を1年以上に伸ばすことが必要です。

もう1つはコストです。効率の高い触媒にすることはもちろん大事ですが、実用化には採算性も重要ですので、より安価な、コストパフォーマンスのいい電池にする必要があります。


実用化までの道のりは容易ではないとのことですが、近い将来、尿を用いた発電が当たり前になる日も来るかもしれません。インタビューをお引き受けいただき、ありがとうございました。

金藤 敬一
金藤 敬一
工学博士、九州工業大学名誉教授、大阪工業大学工学部生命工学科客員教授

1977年大阪大学工学部博士、同助手を経て1981~1982年米国ペンシルバニア大学博士研究員。1988年九州工業大学教授、2015年より大阪工業大学特任教授。導電性高分子を用いた有機エレクトロニクス、電池、人工筋肉の研究を行ってきた。最近は燃料電池を用いた脱酸素装置など、新規デバイスの開発を行っている。趣味:陶芸、登山

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