日本トイレ研究所ではトイレや排泄に関する「トイレラボ勉強会」を開催しています。
今回は、『ジェンダー視点による防災力の“質的”向上』と題して、減災と男女共同参画 研修推進センター 共同代表の浅野 幸子さんに講演いただいた内容を抜粋して紹介します。
浅野幸子さん(減災と男女共同参画 研修推進センター 共同代表)
地域の昼間人口は女性と高齢者が多い
災害は、すべての人に平等に襲い掛かるわけではなく、ジェンダーや経済による格差なども関係します。ジェンダーの視点を持たずに災害時の対策を考えると、女性のみならず避難者全体への支援の質が低下することになります。
東日本大震災は14時46分の発生でした。津波から避難した人へのアンケート結果からは、複数で避難した人は女性が多く、一人で避難した人は男性が多いという結果が得られました。
平日の昼間、高校生以上の通勤・通学者は地域外に出ている人が多いため、地域に残っている人の大半は女性、高齢者、そして中学生以下の子どもです。高齢者など家族のケアをしている人は圧倒的に女性が多いこと、近隣で仕事をしている女性も多いことなどから、こうした結果になったと考えられます。
高齢者や障害者など、ひとりで逃げることが難しい人の対策をどうするかが長年議論されてきましたが、行政が男性の地域リーダーとだけ対策に関する協議ををして、女性の意見が反映されないままでは、効果の高い避難行動には結び付きにくいといえます。
作成:浅野幸子さん
また避難所運営をみると、これまで意思決定を担うのは男性の職員やリーダーが中心で、女性たちは、家族のケアや炊き出しなど負担の多くを担うことが多く、運営のあり方に意見を言う機会があまりない状況でした。しかし、衛生・栄養・育児・介護などケアの実際をわかっている人たちが意思決定の場に参画できるようにすることは、共助や被災者支援の質を向上する上で不可欠です。
性別・立場による被災の違い
具体的にジェンダーの視点からみたとき、どんな問題が起きたのかを整理します。
生活環境(プライバシー、衛生)における問題では、着替えや授乳が困難、下着が干せない、乳幼児・障害者・認知症の人とその家族が避難所にいられないといった問題があります。
物資の不足と配布方法の問題は、育児・介護用品、女性用品・下着の不足、男性のみによる配布、在宅避難者が物資を受け取れないなどです。
物資の管理をする人は行政職員や地域の役員などの男性が多く、女性たちが相談しづらい環境になります。
育児・介護用品で必要なものがあったり、サイズが違うものがほしくても、物資の管理をする人が男性ばかりでは、非常時にわがままをいっていると思われるのではないかという心理が働き、声を上げづらくなります。
作成:浅野幸子さん
女性が声を上げられないと要配慮者は厳しい状況に
ケア役割が女性に偏ることは決して良いことではありませんが、現実には、要配慮者のケア役割は女性が担っていることが多いので、女性が意見を言いづらいと、結局、避難所や地域全体の支援の質が落ちてしまうことになります。困っているという声が表面化しないと、支援側がニーズを把握することが難しいためです。
特に、介助・介護が必要な高齢者・障害者や乳幼児、慢性疾患の患者など、より手厚いケアが必要な人ほど、より厳しい状況におかれる傾向にあるだけに、心身の健康を崩さないためにも、女性が声を上げやすい環境が大切です。
性暴力防止は男女が関わることが重要
当団体の前身(東日本大震災女性支援ネットワーク)では、日本で初めてであり唯一の女性と子どもに対する暴力の実態調査を学術調査として行いました(東日本大震災「災害・復興時における女性と子どもへの暴力」に関する調査報告書)。100件ほどの事例が寄せられ、そのうち80件ほどについて詳しい分析が行われましたが、おおよそ半数はDV、半数は性暴力・性的ハラスメントでした。
DVについては「男性だってストレスが溜まっているんだから許してやれ」という擁護論が出やすいですが、実はストレスは関係なく、元々暴力をふるう傾向にあった人が悪化していたことがわかりました。
災害時の性暴力には、次の2つの特徴があります(ただし、DVにおける性暴力を除く)。
ひとつは環境不備型の暴力です。「避難所のプライバシーがない」「男女別トイレがない」など、犯罪が起こりやすい環境が放置されることでリスクが増します。実際にトイレ周辺で被害にあうケースもありました。
もうひとつは対価型の暴力です。支援と引き換えに性行為などを要求するというものです。
調査では、支援者と被災者の両方が加害者・被害者になりうること、普段よりも訴えにくいこと、子どもから60代まで被害にあったことがわかっています。
こうした被害を防止するためには、地域リーダーや自治体職員等(特に男性)が「いかなる犯罪も許さない」という毅然とした姿勢をとることが有効です。「1人でトイレに行かないように」など、女性と子どもだけに注意喚起をすることでは解決につながりません。しっかり全員に対して啓発することが重要です。
ただし過去の事例から、被害にあった人は男性には被害を訴えにくいと考えられるため、防犯リーダーに女性も入ってもらい、相談ができる体制を作ることが大切です。
避難所で、異性の前で相談しにくい課題や物資などについては、トイレという空間を活用した例もあります。熊本市男女共同参画センターでは、男女それぞれのトイレに意見箱を設置して、行政担当者に改善を求めた例もあります。普段から、DVの相談カードがおかれるなど、トイレには情報の伝達・意見の把握の場としての役割もあります。
地域防災会議の委員に占める女性は8.8%
市区町村の地域防災会議の委員に占める女性の割合は2020年時点で8.8%と、まだまだ遅れているのが現状です。地域防災会議とは各地域の防災計画を策定する会議で、すべての自治体に設置されています。
2017年の調査では、地域防災会議の委員に占める女性の割合がゼロだった自治体が279、10%台だった自治体が294ありました。
女性がゼロだった自治体と、女性が10%台だった自治体で、避難所運営の指針やマニュアルに、命や健康、乳幼児・障害者・女性への支援が記述されているかどうかを比較したところ、女性が10%台だった自治体ではいずれの項目でも割合が高くなりました。
熊本地震では、指定避難所において育児・介護・女性の視点の取組を比較的早期に実施できた自治体のうち、できた理由を答えてもらったところ「地域防災計画、防災マニュアル等に規定してある通り取り組んだ」(46.7%)、「避難住民のニーズなどを聞き取って取り組んだ」(46.7%)が最も多くなりました(1週間以内、半月以内、1か月以内を選択した30市町村のうち。複数選択)。事前の計画策定が重要であることを示しています。
一方、「自治体の災害対策本部等からの指摘があった」(16.7%)を理由に挙げた市町村の割合は低く、背景として自治体の防災部局に女性が少ないことが考えられます。
作成:浅野幸子さん
平常時からのジェンダー視点が必要
自治体の防災部局にも女性の職員を配置する取り組みも行われていますが、すぐに増やすには限界があります。平常時から行政や防災関係の団体と、地域の女性団体や女性リーダーが連携することで被災時の支援の質を高めることにつながります。
東日本大震災では、女性たちが全国的に支援活動を展開し、被災地の女性センターとも連携して活動を行いました。しかし、減災と男女共同参画 研修推進センターの調査では、行政を中心に多くの支援が展開された一方で、女性たちの支援は、支援の本流のルートに乗れていなかったことが明らかになりました。
災害支援の関係者のあいだで、平常時からの連携や視点の共有が重要であることがわかりました。
2013に内閣府男女共同参画局がジェンダー視点の防災に関わる指針をはじめて公表しましたが、2020年にその改訂版である「男女共同参画の視点からの防災・復興ガイドライン」を公表しています。私も改訂版では座長を務めましたが、第一部の7つの基本指針の1つ目の項目が「平時からの男女共同参画の推進が防災・復興の基礎となる」というものです。
災害が起こる前から、社会に存在するさまざまな男女格差や、性別役割に関する課題などを改善しておくことがとても重要ということです。
同ガイドラインでは、被災状況の段階別に取り組むべき事項に加え、便利帳として「避難所チェックシート」「授乳アセスメントシート」「女性の視点からの空間配置図の例」などを掲載していますのでぜひご活用ください。
(文責:日本トイレ研究所)
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浅野 幸子さん(減災と男女共同参画 研修推進センター 共同代表)
阪神・淡路大震災で支援活動に従事したことが防災に関わる契機。2011年に発足した東日本大震災女性支援ネットワークの活動に参加。2014年より、後継団体の減災と男女共同参画 研修推進センター 共同代表。国の「避難所運営ガイドライン」(2016)「男女共同参画の視点からの防災・復興ガイドライン」(2020)などの策定にも携わる。主な分野は地域防災、災害とジェンダー・多様性。2023年、法政大学院後期博士課程修了。博士(公共政策学)。http://gdrr.org/
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