災害時のトイレ

「災害の対応としてやることの8割は事前準備」防衛医科大学校 准教授 秋冨慎司氏が講演

日本トイレ研究所
日本トイレ研究所
Japan Toilet Labo.

2020/02/27

 2019年11月22日(金)かながわ県民センターにて、「防災トイレフォーラム2019」を開催いたしました。

 本フォーラムは、避難所等におけるトイレ環境に着目し、被災者の健康を守るために必要な「トイレの質」を考える場としました。神奈川県を中心に、35市区町村の自治体職員や、関連企業から、総勢約140名が集いました。

 共催である神奈川県の災害対策課および資源循環推進課から、それぞれ「避難所マニュアル策定指針について」、「災害廃棄物対策について」、加えて海老名市から「初動期のトイレ対策について」ご報告いただきました。

 基調講演は、東日本大震災において、岩手県災害対策本部医療班班長として関わった経験をお持ちの防衛医科大学校 准教授 秋冨慎司氏に「命を守るための危機管理と情報」についてご講演いただきました。

以下に要旨をご紹介します。

東日本大震災での混乱

東日本大震災では、空からも陸からの救助も困難であり、助けを待っている人がいると分かっていても、助けに行けない状況でした。また、衛星携帯電話(防災無線)は繋がらず、なすすべがないまま夜になり、完全なブラックボックスとなりました。数万人の被災者がいましたが、避難所に指定されていた施設は津波で流され、山中の寺などが避難所の代わりとなっていたため、情報把握も困難でした。

ボランティアや医療チームは、無線機を持っていなかったため、大津波警報が出たときにそれを伝えるすべもなく、危険な状況でした。

また、情報を制する者が災害を制するとされていますが、発災直後の8割の情報は誤報と言われることもあります。平時から情報のやり取りの訓練を行っていないと、災害時に連絡が繋がっていたとしても興奮状態に陥り、正確な情報交換は極めて困難になります。災害時は、このような大混乱の中で対応していく必要があります。

秋冨慎司氏

統合的な指揮・運用の重要性

災害時において、警察・消防・自衛隊・医療の現場および市町村は縦の連携をとることはできますが、横の連携は平時から訓練を行っていないこともあり、うまくとることができません。現場でも市町村においても、それぞれのプロフェッショナルの力を活かすには、横の連携が必要になります。

民間の力は非常に強く、自助:共助:公助の割合は7:2:1とされています。公的な力には限界があるので、本当に支援が必要な人々や復旧・復興の道筋をたてることに使われる必要があります。
自助・共助がしっかりしていないと、行政の人々も自らのプロフェッショナルの力を活かすことができません。

東日本大震災において岩手県では、県庁の災害対策本部にIncident Command Systemを取り入れました。
災害時においては、例えばトイレ単一支援であっても、様々な人が関わる必要があります。そこで、部門ごと(現場指揮者、実行部門、計画部門、後方支援部門、財務・総務部門)に分けて、それぞれに関係部局が集まり話し合いの場を設け、誰が何をするかを議論しました。
さらに、部門ごとに何をすべきか目標を書き、具体的なアクションを挙げました。状況が皆で共有できていないと、各々が自分たちの主張ばかりしてしまう、また岩手県への支援は十分に来ないと分かっており、ないものねだりはできないので、Common Operational Pictureを用いて被害状況や直面している困難などの情報を共有しながら支援の枠を作っていきました。

加えて、岩手県にはヘリが来ないと想定していたので、少ないヘリをどのように運用するかを話し合うヘリの運用調整班や全体で集まって話し合う総合調整所を設け、総合調整所にはすべての組織が入るようにし、全体で統合的な指揮・運用できるように配慮しました。

臨時医療施設(SCU)の設営

24時間以内に被災者を救出する必要がありますが、度重なる津波に加え火災が発生しました。まず消火する必要があり、消防隊を割り振らなければなりません。また、土砂崩れを起こしている場合は、道も狭く車の運用は困難になります。救助の手は人口が多い宮城県に集まり、岩手県への救助は秋田県からしか得られない想定でした。

そのような状況下で岩手県は、被害を免れた内陸部の病院を拠点にしつつ、医療チームを受け入れ、患者の受け入れ態勢をつくっていきました。花巻空港にSCU(Staging Care Unit)という臨時医療施設を設け、計400名の医療チームを集めて、そこから医療チームの派遣や同時にヘリで被災者の分散搬送も行ないました。
また、沿岸部の被害は甚大で情報はほとんど入ってこなかったため、救助隊には、現場独自の判断で重傷者を臨時医療施設に搬送することを許可し、少ない支援の中で対応していきました。

情報は待つものではなく、取りに行くもの

岩手県では、気仙沼と石巻から被災者を受け入れていました。一方で、福島県と宮城県に医療支援が集中し、岩手県はほとんど支援を得ることができません。宮城県と福島県は医療チームを2日目には撤収して問題ないと判断していました。岩手県は支援要請がないところにもヘリを飛ばし、状況の確認を行っていたので、福島県と宮城県が悲惨な状況にあることは把握していました。
情報が入ってきたところから対応を始めてしまう傾向にありますが、そうではなく全体を見渡して状況判断する必要があります。情報がないことが情報であり、情報は待つものではなく、取りに行くものです。

避難所状況のマッピング

岩手県では情報を集約するために、避難所の情報をマッピングしました。すべてマッピングした後に、現場に赴くことが可能な若い隊員でも判断ができるように衣食住・医療等の10項目を作成し、それを用いて避難所の点数化を試みました。その結果、3日間で全ての避難所の情報を把握することができました。その後は急性期を脱し、DMATを運用し、それぞれ沿岸部に責任者を決めて、そこに物資や医療支援チームを送っていきました。

明るみになったトイレの問題

トイレに関しては、様々な問題が発生しました。なぜなら、トイレに行くことができない状況だと食べることを制限し始め、その結果動けなくなってしまうからです。また、避難所内でオムツ交換をさせられている高齢者もいました。
一般的に飲食の支援に目がいきがちで、なかなかトイレや排泄支援の重要性に気が付きません。また、トイレは犯罪が起こりやすい場所でもありますので、男女で動線を分けるなど、配慮が求められます。岩手県では、そのような問題が多く発生したので、3万枚ほどポスターを掲示し、女性や子どもはできる限り一人でトイレに行かないよう注意喚起しました。

災害用トイレ展示の様子

“準備”の重要性

災害時に支援すべき項目はEmergency Support Function(ESF)として18項目に分かれています。これらの支援に必要な人たちを項目ごとに、それぞれの部署から集めていく必要があります。また、収集すべき情報に関してもEssential Elements of Information(EEI)として18項目が挙げられ、何を集めて何を支援しなければならないかは整理されています。事前にどのような支援をし、誰が関わるかを準備しておかなければ手遅れなのです。

その際に、時間軸を意識して考える必要があります。災害対応は時間軸で目的が変わっていくことを意識しながら、計画を立てなければ、目の前の事案を対処し終えても、次の課題が取り残されたままになります。(図1)。

またESFに関しても、それぞれの項目で責任のある部署、サポートをする部署を事前に明確にしておく必要があります。そうでないと、部署間での責任転嫁が始まってしまうので、誰がいつまでに何をするか、サポートはどれくらい必要か事前に明らかにしておく必要があります。

災害の対応としてやることの8割は事前準備であるということがデータから分かりました。ただ、情報に関しては6割程度しか事前に収集できません。残りの4割は想定外のことが起きます。準備できていれば、たとえ情報が繋がらなくても現場に権限を委譲することができます。指示がなくてもやることの8割は同じなので、それを確実に行うようにすれば、お互いが信用できるような環境ができます。

図1 時間軸を意識した災害対応

現場に埋もれる弱い立場の人々をいかに守っていくか

支援とは「ただ単に大量の物資を送ればいい」というものではありません。現場には配慮が必要な人々も多くいます。このような弱い立場の人々の声なき声を探し、そのような人々をいかにして守っていくかを考えていく必要があります。

 災害が起こると様々な犯罪が起き、窃盗や性犯罪者がボランティアに紛れていることもあります。そのような被害を減らすには、どうすべきかを考える必要があり、平時から準備をしないと、自分の大切な人が被害に遭う可能性があります。トイレ対策は、被災者の健康を守るためだけではなく、犯罪を抑止するひとつの支援の形です。このようなことを踏まえて、災害対策、トイレ問題を考えていく必要があります。

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「トイレ」を通して社会をより良い方向へ変えていくことをコンセプトに活動しているNPOです。トイレから、環境、文化、教育、健康について考え、すべての人が安心しトイレを利用でき、共に暮らせる社会づくりを目指します。

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