そのほか

辺境のトイレ紀行|第3回近代と伝統が織りなす国・ベトナム

上 幸雄
上 幸雄
NPO法人日本トイレ研究所 理事

2020/10/15

世界には国や地域によって様々なトイレがあります。登山と自然環境を軸に、“辺境”のトイレを紹介する連載、第3回はベトナムです。

少数民族が伝統文化のなかで息づく

今回の舞台はベトナム北西部の山岳地帯。北側は中国の雲南省と接している。その中国南西部からインドシナ半島にかけての山岳地には、多くの少数民族が暮らす。私が訪ねた村にも多くの山岳少数民族が、それぞれ独自の異なった文化や言語を持って生活している。

私のベトナム訪問は、インドシナ半島最高峰のファンシーパン山(3143m)の登山が目的だった。登山基地になっている山麓の街では、少数民族との出会いを楽しみと、素朴な生活ぶりを垣間見て、さらには登山のサポートまで彼らの世話になった。

列車とバスを乗り継いで山間部に入ると、開けた谷間は幾段にもなった棚田が広がっていた。

山麓の谷間には棚田が広がっている

この地域が、とくに豊かな農村とは聞いていなかったが、その風景を見るだけで、落ち着いた暮らしぶりの農村かな、との印象を受けた。
集落に入って行くと、たちまちたくさんの女性に囲まれてしまった。皆同じデザインの民族衣装を着て、手には工芸品や布バッグなどを抱えている。言葉は通じないが、私が作ったもので、とても素晴らしい土産品だから買って、と言っているようだ。

私たちは15人ほどのグループだったが、一人ひとりにずっと同じ女性がくっついて、決して浮気はしない。ターゲットの人を決めたら、土産品を売るまで離れない。逆に、他の売り子が割り込んでくることもしない。そんなルールが決まっているようだ。やっとの思いで、土産売り攻勢から抜け出すと、いよいよ登山開始だ。
民族衣装を着た赤い帽子をかぶった若い男性がガイドで、ボッカ(荷物を背負って山のなかを運ぶこと)の協力もしてくれる。自分の体力以外は何の不安もない。

登山を始める前には必ずトイレに行くのは日本も外国も同じで、これも山のルールだ。公衆トイレが見つからなかったので、土産を買った顔見知りの女性を捕まえて、トイレを貸してほしいと頼む。

都市を離れるとスクワット式、水洗浄が一般的

母屋とは別棟の伝統的なトイレ(写真上)は、しゃがみ式の水洗トイレで、お尻の始末は水を使う。
よく掃除が行き届いていて、清潔で臭いもなく快適だ。トイレの裏手に回って、汚水処理はどうなっているかを調べる。配管は見えないし、設備らしきものは何もない。
地中に埋まっている配管は小さな谷間に向かっているようだった。

山のトイレ・ゴミは大問題

歩き始めて、高度を上げていくと、それほど高い木はないが、小灌木や竹林が出てくる。その間には、日本のシャクナゲ似の花や色とりどりの高山植物風情の花々が咲き誇る。雨は降り続くが花が癒してくれて、苦しい登山もいくらか楽な気分になる。

ところが登山道脇には、不快な花も咲いている。登山道に一定の間隔で、竹で編んだくずかごが設置されていて、入山者の便宜を図っているのはいいが、そのくずかごは例外なくごみがあふれている。せっかくの美しい草花が咲き誇る景観も台無しである。ごみがあふれる景観は、ご丁寧なことに山頂に設置されたくずかごにまで及ぶ、これでは登頂の喜びも半減だ。

登山道沿いの竹製ごみかごにごみがあふれる

無事、登頂を終えて、キャンプ地に入る。キャンプ地での寝食はすべて大きなテントのなかだ。テント内での食事や寝袋のセッティングは、同じ登山口から入った少数民族の若者が準備してくれる。しかしそれで安心するのは気が早い。寝る場所は長雨が続いたせいなのか、湿っぽくてとても快適とは言えない。

キャンプ場の宿泊用テント

それ以上に問題だったのはトイレ・排泄場所だ。ぬかるみの地面に穴を掘って、そこに竹を格子状に組んだ足場を置き、それがトイレです、というわけである。1つの穴が満杯になったら移動するだけだ。

キャンプ場の野外トイレ

長年にわたって、フランスやアメリカがベトナムに侵略してきて、戦争状態が続いたせいなのか、ベトナムは山までも外国人にはなじみの世界のようだ。近年は、日本人や韓国人の登山者も増えているという。それらの外国人も、このキャンプ場ではこの原始的なトイレを使うことになる。これでは観光以前の話である。

トイレの問題は山だけではない、海もだ

山を下りて、ハノイに戻る。車中でガイドの解説で中国との国境が近く、国境紛争が絶えないと聞く。国境近くの街には兵士を鼓舞し、称える横断幕や碑もあり緊迫感を覚える。ベトナム・中国の関係悪化については、あまり報道されていないが、中国の南シナ海での勝手なふるまいに度々苦々しい思いを抱いているので、国境の現実にリアリティーが増す。

都市公園には立派な公衆トイレがあった

ハノイの街はろくに観光もしないで、そそくさと通り過ぎた。それでも、都市公園に立ち寄った折、公衆トイレに入ると、堅いお国柄のベトナムで、楽しい公衆トイレを発見した。男子トイレのど真ん中に太い立ち木がそのまま残されていた。

ハノイ市内の都市公園内のトイレには大木が

ところが、観光地として有名なハロン湾ではあまりシャレにならない話を聞いた。ハロン湾にはいまも多くの水上生活者がいて、水上での観光や海上輸送、漁業などで暮らしているという。海の穏やかなハロン湾では海での産業だけでなく、水上での生活が可能なのだ。

ハロン湾の水上生活者の汚水はどこへ
ハロン湾の水上生活者にトイレはない

しかし、問題はトイレだ。水上生活者の船上から排出されるし尿や雑排水などの汚水は、何ら処理されることなく、そのまま海に放流される。
近年、世界自然遺産にも登録されているハロン湾は汚染が著しく進行しているという。水上生活者の存在は、ある意味で伝統的な産業や文化的な生活のシンボルであり、それが観光資源ともなっているが、環境汚染をそのまま放置していいわけがない。ベトナムは、山でも海でも環境を守りながら、いかに伝統的な文化を維持し、観光につなげていくかの同時解決をいま求められている。

(注)本稿は2005年のベトナム訪問時に得られた情報や観光をもとに書かれたことを明記しておきます。その後、ファンシーパン山にケーブルが設置されたとか、ハロン湾の水質汚染が緩和されたとの情報も耳にします。これらを含めてご理解ください(筆者)。

上 幸雄
上 幸雄
NPO法人日本トイレ研究所 理事

大学卒業後、水質汚染、廃棄物などの環境問題に関する編集や調査に関わり、環境・公害問題専門誌の編集、廃棄物・トイレ・自然保護活動に取り組む。国際会議の開催や各国でのトイレ調査を実施し、国際的なトイレ・衛生改善運動の端緒を開く。2001年には、べトナム・ハノイでのWHOアジア地区会議に参加し、途上国トイレ改善キット(エコロジカルサニテーション)開発・普及に関わった。著書に『ウンチとオシッコはどこへ行く』(不空社)、『生死を分けるトイレの話』(環境新聞社)、『トイレのチカラ』(近代文芸社)。

PICK UP合わせて読みたい記事