災害時のトイレ

薬局薬剤師による災害時のトイレ環境を守る取組

日本トイレ研究所
日本トイレ研究所
Japan Toilet Labo.

2023/11/02

全国に約6万2000件ある薬局には、約18万9000人の薬剤師が働いています。医療や公衆衛生の専門知識を持つ薬剤師には、災害が起きた際にも頼れる存在です。
日本災害医療薬剤師学会 会長の渡邉暁洋さんと、一般社団法人全国薬剤師・在宅療養支援連絡会 災害対策委員会 副委員長の金田崇文さんに災害時のトイレ環境や公衆衛生を守るための取組について聞きました。

渡邉暁洋さん(日本災害医療薬剤師学会 会長)、金田崇文さん(一般社団法人全国薬剤師・在宅療養支援連絡会 災害対策委員会 副委員長)

 

災害時は薬剤師の衛生管理の力を活かせる

――災害時の公衆衛生、特にトイレ環境を整えるにあたって、薬剤師が果たす役割について教えてください

渡邉暁洋さん:トイレ環境が悪いとトイレに行きたくなくなります。トイレを我慢することで、便秘など健康への悪影響も出てきます。さらに食事や水分を控えるようになると、脱水症状やエコノミークラス症候群など、さまざまな健康被害につながります。また、トイレが汚れていると、感染症の蔓延を引き起こす可能性もあります。清掃によってトイレ環境がきれいに保たれているかどうか、評価する役割を担う人が必要だと思います。
薬剤師は公衆衛生を守るための専門知識をもっています。トイレの環境衛生においても、清掃方法や頻度、消毒の方法について知識があります。災害時に薬剤師が力を発揮できると思います。

金田崇文さん:薬剤師法の第一条に、薬剤師の役割として「公衆衛生の向上および増進に寄与」するという文言があります。災害などの緊急時にその役割を担うのは当然だと意識しています。
熊本地震で支援に入った際、トイレの衛生管理に関わりました。断水時はウェットティッシュで汚れた手や場所を拭いたりしますが、そのウェットティッシュをどこに捨て、どう管理するのかが盲点になりやすいところです。汚染されたものを捨てた場所も汚染されていくので、ごみを衛生的に管理する方法を考えることが重要です。こうした分野で薬剤師の専門性が活かせると思います。

渡邉さん:日頃からクリーンベンチ(空気中の埃や菌の混入を防ぎ、無菌状態で作業するための装置)で無菌製剤の調製などをしているので、清掃時などに「きれい(衛生的)」と「汚れている(汚染されている)」という判断がシビアだと思います。トイレ掃除においても、汚れが少ない部分から段階的に汚れがひどいほうに掃除していくことになります。

金田さん:薬剤師のなかでも、学校薬剤師はプールや水道の水質をチェックするなど環境衛生を守るという役割があります。熊本地震の発生後、当初は上水道が止まっていましたが、私が支援に入っている時期に蛇口から水が出るようになりました。「水が出る」というのは皆さんが大変喜ぶ出来事でしたが、濁っていたので水質の安全性から使わないようにと施設管理者にお願いしました。その時は下水道もまだ復旧していなかったので、水を流すことができませんでした。このような対応も薬剤師としての役割であることを意識しました。

 

避難所等のトイレ環境、1日1回はリセットを

――薬剤師から見て、過去の災害時のトイレ・衛生に関する課題は何でしょうか?

渡邉さん:災害時のトイレをきれいに保つことは容易でありません。トイレ掃除をプロが行ってくれるといいのですが、災害時はそうもいきません。避難所などの施設管理者は気を配らなければならないことがたくさんありすぎて、掃除や衛生環境への関心が、結果的に低くなってしまうことがあります。
平常時の公共トイレも共通だと思いますが、きれいなトイレはきれいに使うよう意識しますが、汚れていると汚してもいいという感覚になります。大勢の人が使うトイレは1日に1回、掃除を念入りに行ってリセットすることが本来は必要です。
そのためには、施設の担当者が平常時に清掃方法や衛生管理について学ぶことが必要だと思います。

金田さん:見えないものに対してどこまでやるか、という線引きも課題になります。新型コロナウイルス感染症でも、学校での換気や消毒などをどこまでやるのかが課題になりました。見えない汚れ・ウイルス・菌などに対しては、どこまでやればいいのかがわからず不安になります。こうしたことを見える化・数値化して、対処の必要性を情報提供することが薬剤師にできる役割ではないかと思います。
例えば、二酸化炭素の濃度を測ることで、空気がきれいかどうかを数値化し、換気の回数を決めることができます。トイレ掃除の場合、病院などでは何時間に1回など、回数を決めて実施しています。

 

渡邉さん:例えば、排泄物の飛散をUVライトで見える化して環境衛生の向上に繋げることができるといいですね。

金田さん:一般の人が受け入れやすい、科学的な根拠のある指標があるといいと思います。

 

携帯トイレで排泄物は適切に管理を

――災害用トイレで、一般の人が自宅に備えるものとして、日本トイレ研究所では携帯トイレを推奨しています。ただ、一般の人は「使い捨て」に抵抗がある方もいます。衛生のプロからみて、使い捨てを推奨する根拠はなんでしょうか?

金田さん:自分が触れるところがきれいであること、後に残すものがきれいなこと、同じところに触れなくていいということです。それから排泄物を密封できるため、周囲の環境をきれいに保ちやすくなります。

渡邉さん:環境衛生を維持するには使い捨ての携帯トイレが一番いいのではと思います。手作りで災害時のトイレを用意するということも聞きますが、手作りでは排泄物が漏れる可能性もありますし、安全性が担保できません。排泄物は病気の感染源にもなるため衛生的に管理する必要があります。周囲の環境を汚したり、健康に影響が出たりする恐れのあるものは、専用品を適切に使って、衛生を維持していくことが大事だと思います。
携帯トイレは「1回あたりいくら」という視点で計算しがちですが、医療経済という視点で考えると、携帯トイレを使って排泄物を適切に管理するほうが、病気の感染者が複数出てその治療をするより、経済的だったという試算になります。

 

災害時のトイレをテーマに健康教室を実施

――金田さんが代表をされている薬局では、災害時のトイレについて啓発を行いながら販売されていると聞きました。

金田さん:11店舗の薬局で携帯トイレを販売しています。日本トイレ研究所の「防災トイレキャンペーン(11/5~19)」をきっかけに必要性に気付き、キャンペーンのポスターを全店舗のトイレに貼って、携帯トイレの販売をはじめました。
以前から店舗で行っていた健康教室のテーマのひとつとして、「防災」をとりあげています。防災リュックの中身はどんなものが必要かを見せたり、携帯トイレの実演などをしています。携帯トイレは1週間でどのくらい使うか、何個くらい必要かというところまで説明します。

薬局での健康教室の様子。防災リュックの紹介(左)、携帯トイレの実演(右)

 

――お客さんの反応はどうですか?

金田さん:携帯トイレについては、「水や食べ物より、トイレは我慢できないよね」という話をすると、みなさん納得してくれます。携帯トイレに水を入れて固まる様子をお見せすると「ちゃんと固まるんだね」と理解され安心感をもたれます。
「あなたのために備えて」と言うより、「あなたの大切な人に携帯トイレをプレゼントしませんか」とお伝えすると購入につながることもわかってきました。災害用品はすぐに必要なものではなくお金もかかります。自分のためにはなかなか買わないけれど、誰かのためのギフトというと購入されるのではないでしょうか。

 

携帯トイレを販売しながら備蓄

金田さん:薬局で携帯トイレを販売するにあたって在庫を持つことは、どの企業でも抵抗があると思います。しかし、いざ災害が起きたときにはスタッフが使用することができ、スタッフの健康を守ることにもつながります。自社で販売しながら備蓄もするという考え方を社内で説明したところ、スムーズに理解を得ることができました。

――金田さんのような取り組みが全国に広がるといいですね。薬局や薬剤師の皆さんにこうした啓発活動や共感してくれる人を増やすためにどうすればいいと思いますか?

渡邉さん:学会での啓発が有効だと思います。金田さんのように良い事例を作って発信すると広がっていくのではと思います。一般の人にとって病院より薬局は身近な存在です。地域の人の目に触れる活動を薬局で行うことで、災害時には「あの薬局は頼りになる」と意識してもらうことができます。災害時には地域の人やスタッフの健康を守ることにつながります。
薬剤師の団体や学会において、ニュースレターや会報などをとおして紹介することで同じような活動に取り組む人が増えるのではないかと考えています。

 

気になる不調を気軽に相談できる場所に

――最後に、地域における薬局や薬剤師の役割について聞かせて下さい。

渡邉さん:「まちの健康ステーション」だと思います。医療だけ、薬だけではなく、モノを持っているのが薬局の強みだと思います。情報・教育などの要素もあり、地域住民からの信頼もあります。病院にも同じような機能はありますが、より生活に近く、介護用品や災害用品、アレルギー対応食などさまざまなモノを販売しているので、相談しながら購入できるところも利点だと思います。

金田さん:医療に関することは軽症から重症までありますが、薬局薬剤師の役割で大切なのは、軽症者への働きかけにあります。「軽症=軽いから大したことはない」というのではなく、慢性疾患の場合など軽症者をそれ以上悪化させないようにするというのは重要な役割だと考えています。
災害時など病院機能がひっ迫している状況では、薬局薬剤師が一般用医薬品で軽症者をケアして病院に搬送される人を減らすことで、重症者への処置がスムーズに行えるようになることも考えられます。
日常において「病院に行くほどではないけれど、ちょっと気になる不調」というのは生活の質を下げる可能性があります。普段から患者と疾患についてのやりとりをしているので、気軽に健康相談をしてもらえる場所が薬局だと思います。実際、便秘や痛み(手指の痛みなど)の相談をよく受けています。
たくさんの情報を入手できる時代ですが、真偽不明の情報も多く飛び交っています。保険調剤薬局は正しい情報を提供して、解決策になるモノを販売することもできる場として、需要がある場所だと思っています。
身近な医療関係者として、地域の健康と公衆衛生を守る取り組みができればと思います。

――ありがとうございました

 

(文責:NPO法人日本トイレ研究所)

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「トイレ」を通して社会をより良い方向へ変えていくことをコンセプトに活動しているNPOです。トイレから、環境、文化、教育、健康について考え、すべての人が安心しトイレを利用でき、共に暮らせる社会づくりを目指します。

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