うんちはすごい

下水処理場でアユを育て、土を耕す!

加藤 篤
加藤 篤
日本トイレ研究所代表理事

2022/12/05

1.はじめに

2022年11月18日、山形県鶴岡市に位置する鶴岡浄化センターに伺いました。浄化センターというのは、分かりやすくいうと下水処理場です。この浄化センターでは、下水道資源を活用した循環に取り組んでいます。

もちろん、江戸時代のように大小便を桶で回収し、肥溜めで発酵させて田畑に撒くというやり方ではありません。現代においては、下水道で生活排水を集め、浄化センターで適切に処理して資源化することが求められます。これが実現できれば下水処理場から下水資源化場へと価値転換することになります。

鶴岡浄化センターでこのような取り組みが行われていることを知ったのは、国土交通省によるビストロ下水道の事例集です。ちなみに「BISTRO(ビストロ)下水道」は、国土交通省が2013年8月よりスタートしたもので、下水道資源(再生水、汚泥肥料、熱・二酸化炭素等)を農作物の栽培等に有効利用し、農業等の生産性向上に貢献する取り組みのことを指します。

本稿は、以下の方々にご協力を頂き、お話をお聞きした内容をまとめたものになります。

山口幸久氏(鶴岡市上下水道部下水道課長)
板垣 誠氏(鶴岡市上下水道部下水道課浄化センター所長)
松浦正也氏(鶴岡市上下水道部下水道課浄化センター主査)
今野大介氏(JA鶴岡 営農販売部生産振興課課長)
佐藤宜男氏(JA鶴岡 営農販売部生産振興課園芸指導主任)
加賀山雄氏(JA鶴岡 試験事業協力生産者)

 

2.鶴岡浄化センターの概略

最初に鶴岡浄化センターと下水道資源の循環について説明します。
鶴岡浄化センターは分流式で集められた下水を処理する施設で、処理計画人口は74,600人です。
資源循環として食につなげる取り組みとしては大まかに3つあります。

1つ目は下水を処理する過程から発生する消化ガスです。再生可能エネルギーである消化ガスを有効活用し発電しています。この電力は固定価格買取制度を活用し電気事業者へ売電し、1年間で一般家庭470世帯分になります。この発電設備からの余剰熱を利用して、浄化センター敷地内のビニールハウスを加温して、野菜を栽培しています。

2つ目は処理水を用いて飼料用の米や水耕栽培、そしてアユの養殖です。3つ目は下水処理過程で発生する汚泥を肥料化してつるおかコンポストを作成し、農業利用しています。
これらの取り組みの中でも、今回は「アユの養殖」と「つるおかコンポスト」について説明します。

BISTRO下水道と鶴岡バイオガスパワーによる下水道資源循環イメージ(提供:鶴岡浄化センター)

 

3.アユの養殖

アユの養殖に取り組み始めたのは2019年です。
まずはアユの養殖をすることになったきっかけですが、浄化センターの汚水処理の過程では池に藻類が生えるので、これを何とかしたいと考えていたのです。処理水にはリンや窒素などの栄養分が豊富に含まれていますので、よく育つのですね。だからといって、すぐにアユにつながるわけではありません。

そもそも鶴岡浄化センターには地域の様々な分野の人が出入りしていました。新しいことを苦にしない文化があったようです。そんななか、山形県栽培漁業センターの人との会話で、アユが藻類を食べることを知ります。ここで「藻」と「アユ」がつながるわけです。このひらめきをきっかけに、アユの養殖が始まります。

ちなみに、山形県栽培漁業センターとは、ヒラメ、クロダイ、アワビ、モクズガニ、アユなどの卵を採卵し、人工授精、稚魚を育て、放流するという漁業に関する種苗生産、供給をしているところです。

アユを育てる池(写真:NPO法人日本トイレ研究所)

 

アユの稚魚をわけてもらい、処理水の中で育てようとしたのですが、すぐに全滅しました。原因は、処理水に含まれるアンモニア態窒素です。これがアユの生育を阻害したのです。何度か試行錯誤を繰り返しながら、アンモニア態窒素の吸着としての水耕栽培と井戸水による希釈を組み合わせ、ようやくアユを養殖することができました。もちろん重金属の含有量などの安全基準も満たしています。
ただ、処理水の中で育ったアユというマイナスイメージが気になったのです。だからといって、処理水をさらに浄化するにはコストがかかりすぎます。

そこで、アユは井戸水のみの水槽で育て、別の水槽で処理水を活用して藻類を育成することにしました。ここで育てた藻類と人工エサを併用することで、2022年にアユの養殖が完成したのです。
私が訪問したときは、販売に向けて最終的な安全性確認のための分析中でした。この結果が問題なければ、いよいよ一般販売です。分析結果が待ち遠しいですね。
すでに地元・加茂水族館の料理長からは味のお墨付きが得られているようで、天然アユのようにスイカやキュウリの香りがあり、内臓のくさみもなく、そして何より「顔つき」がいいそうです!

養殖したアユ(写真:NPO法人日本トイレ研究所)

 

このようになったポイントの一つに「藻類」があげられます。そうであれば、処理水で藻類をたくさんつくって販売してはどうかと思いませんか?

でも、そう簡単ではありませんでした。藻類を散布してもアユは一切食べなかったのです。天然アユは川底の石などにくっついた藻類等をつっつくように食べるのが習性だからです。現状は、シート上に藻類を育成してアユに提供しています。
人工エサは散布して食べるのに、藻類はなぜダメなのかは未だに分からないようです。人工エサに藻類を組み込めばよいのではないかという案も出されたのですが、そうなると今度はエサ工場を目指すことになってしまうので、その道は選択していません。あくまで、アユの養殖です。

 

まだ一般販売前であり、分析中であることを了承したうえで、アユを分けていただきました。
帰宅後、アユの顔つきを眺めながら、そして浄化センターはじめ関係者の方々の試行錯誤をイメージしながら、塩焼きにして食させて頂きました。
多少の感情移入はありますが、お世辞抜きでこれはウマいです!
臭味は一切無く、あっさりしているのに魚の旨さが凝縮している感じです。さすが香魚と言われるだけあります。アユの天敵である水鳥の気持ちがわかりますね。

アユの塩焼き(写真:NPO法人日本トイレ研究所)

 

4.つるおかコンポスト

下水処理過程で発生する汚泥を肥料化して「つるおかコンポスト」をつくり、農業に利用している取り組みを紹介します。
ビストロ下水道によるPRや化学肥料の高騰により下水汚泥のコンポスト化が注目されていますが、鶴岡市がコンポストに取り組み始めたのは1986年で36年の歴史があります。
もともとは、農作物をつくる際の要になる「土づくり」を支援することを目的として取り組みが始まりました。

土壌は、空気・水・固体で構成されており、保水・保肥・水はけが重要と言われています。これらのバランスがよい土は根の張りが良くなるわけです。
この地域では、豚糞、牛糞、鶏糞に、もみがらやおがくずを混ぜながらつくった畜産堆肥を用いたのですが、これだけでは量的に不足している現状がありました。そこで、畜産堆肥の肥料分を補い、土壌改良効果が期待できる下水汚泥によるコンポスト(カリウムは少ないが、リンや窒素が豊富)に取り組むことになったのです。

具体的には、下水処理の過程で発生する汚泥を脱水し、それにもみがらを添加し、2回に分けて高温で発酵させて完熟堆肥にします。2016年からはJA鶴岡が生産・販売・運営を行っています。2021年の生産量は538.0トンで出荷総量は415.2トンです。

浄化センターの敷地内にあるビニールハウスで、野菜が栽培されており、そこでもつるおかコンポストが用いられています。前編で紹介したとおり、このビニールハウスは発電設備の余剰熱を活用して温風により加温します。そのおかげで、外気温が1度だったとしても、室温は20度を保つことができています。
現在、12月〜3月頃はコマツナやホウレンソウ、2月〜6月頃キュウリ、7月頃ミニトマトの年3作です。ホウレンソウは学校給食に提供されています。

鶴岡浄化センターにあるビニールハウス(写真:NPO法人日本トイレ研究所)

ビニールハウスのミニトマト(写真:NPO法人日本トイレ研究所)

 

私が伺ったのは11月18日だったのですが、ミニトマトがありました。あまりに美味しそうなので、遠慮なくいただきました!

著者(写真:NPO法人日本トイレ研究所)

 

近年は肥料高騰でこのような取り組みが注目されがちですが、鶴岡市は一貫して安定的に土づくりができる環境づくりを支援してきました。やはりこのような地道な取り組みが重要です。
つるおかコンポストは、長年あたりまえに用いられてきたものです。世の流れはあるものの急にそこだけピックアップすることには少し不安があると言っていました。コンポストを使っているからよいのではなく、よりよい土づくりを安定的に実施できる環境をつくることが重要です。

だだちゃ豆を生産する農家の方は、肥料効果はもちろんのことコストパフォーマンスもよいと好評価でした。身近な地元でつくられるつるおかコンポストを積極的に活用することで運送コストも削減できるからです。

化学肥料や有機質肥料など、様々な選択肢がありますが、これまでの知見や地域性、安全性、利便性なども考慮して、生産者とともに土づくりを考えていくことが求められています。汚泥肥料であるコンポストの肥料効果や安全面の基準値をクリアできているのであれば、安心できる選択肢と消費者の理解が必要です。

今回の取材でとても重要なことに気づかされました。

それは、浄化センターであれば全国どこでも同じようなことができる、つまり画一的な展開が可能だと思い込んでいたことです。ですが、間違いでした。
地域ごとに産業や生活が異なりますので、発生する廃棄物も異なります。また、生産された資源へのニーズも異なります。気候も立地も異なります。
だからこそ、地域ならではの魅力的な農作物や水産物があるわけです。当然ですね。
廃棄物から資源へと価値転換を図るには、地域性と多様性、そして分野や業界を越えた連携がキーワードになります。

取材に関して、鶴岡市上下水道部をはじめ、浄化センター、JA鶴岡の方々には大変お世話になりました。ありがとうございました。

 

加藤 篤
加藤 篤
日本トイレ研究所代表理事

NPO法人日本トイレ研究所 代表理事。
小学校のトイレ空間改善や研修会、トイレやうんちの大切さを伝える出前授業を展開。
災害時にも安心できるトイレ環境づくりに取り組んでいる。

PICK UP合わせて読みたい記事