腸内環境を整えると、便秘が解消するだけではなく、免疫力の向上など様々なメリットがあります。順天堂大学に日本初の便秘外来を開設した“腸のスペシャリスト”であり、自律神経研究の第一人者でもある、小林弘幸先生(順天堂大学医学部教授)に、腸内環境を整えることの大切さについて、お聞きしました。(聞き手・NPO法人日本トイレ研究所代表理事 加藤篤)
(左から)小林弘幸先生(順天堂大学医学部教授)、加藤篤(日本トイレ研究所)
――新型コロナウイルス感染症など、最近は免疫力に関心が集まっています。なぜ、腸を整えると免疫力があがるのでしょうか?
小林先生:健康を左右する上で大切なことは、個々の細胞に質の良い血液を十分に流すことができるかどうかです。血液を送るために必要なのが自律神経であり、質の良い血液をつくりだすために重要なのが腸内環境です。腸内環境と自律神経は健康でいるために欠かせない2つの軸といえます。これらは互いに影響しあっているので、片方が崩れると、もう片方も調子を崩してしまいます。逆に良い時は両方が好調になります。
――この2つの軸が乱れると免疫力も落ちてきますか?
小林先生:免疫力も落ちます。腸内環境が悪化して、質の良い血液を十分に送り出すことができなくなると、免疫力は低下します。血流が悪くなると、骨髄や、胃や腸、肝臓など、免疫系に関係するところの臓器は働きが悪くなります。特に免疫細胞の7割は腸にありますので、腸の働きが悪くなるとダブルパンチですね。
――ストレスを受けると腸はどうなりますか?
小林先生:ストレスを受けると、腸の動きは悪くなります。腸のぜん動運動(内容物を先へ押し出していく運動)は、副交感神経が優位なときに活発になりますが、ストレスを受けていると交感神経が優位になり、副交感神経は低下します。このためストレスを受けると腸の動きが悪くなります。腸が上手く動かないと、腸内は流れがよどんでいる川のような状態になり、悪玉菌が活発になってしまいます。すると腸内環境が悪くなり、食べ物が入ってきても栄養の吸収が悪く、血流にも悪影響をおよぼして不調になるという悪循環になります。悪玉菌の出す毒素は、腸で吸収されて血流で全身に回りますので、肌の調子やアレルギーにも影響します。
腸には幸せホルモンを出す細胞がある
――腸内環境が全身に影響しているんですね。腸内環境を整えることで、メンタルにもプラスの効果がありますか?
小林先生:メンタルを安定させるのに重要な神経伝達物質にセロトニンやオキシトシン、いわゆる幸せホルモンと言われている物質があります。腸内環境を整えると、そうしたホルモンを出す神経細胞が活性化してきます。「脳腸相関」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?脳と腸は常に連携を取っています。
最近では、幸せホルモンであるセロトニン、オキシトシンを出す細胞が腸の粘膜にもあることがわかり、腸内環境が良くなると、それらがたくさん分泌されます。つまり、腸が良くなれば脳に刺激が伝わって脳の血流が良くなり、質の良い血液が流れるので、メンタルも整っていきます。
「腸」はポストコロナ時代における、メンタル回復のキーワード
――便秘とメンタルの状態も関係していますか?
小林先生:関係していますね。重度の便秘患者の多くはうつ傾向にあります。便秘を治療してよくなってくると、うつ傾向も改善して明るくなってくるという方が多いです。便秘になると精神的・肉体的なQOLが低下するだけではなく、労働生産性も低下するというデータもあります。
――企業でも健康管理のひとつとして便秘の改善に取り組んでもいいかもしれませんね。特にコロナ禍になってからは、人と直接交流する機会が減って、リモートワークが増えたことで、便秘もメンタルの不調も身近な課題になっています。
小林先生:コロナ禍の前と後で比べて、メンタルの調子が変化したかを聞いたら、「悪くなった」と答える人が圧倒的に多いと思います。コロナ感染の予防対策はある程度分かってきた一方、ポストコロナの大きな問題は、落ち込んだメンタルをどう回復させていくかだと思います。そのキーワードが「腸」にあると私は考えています。
――便秘の人もそうでない人も、みんな腸を整えると良いということでしょうか?
小林先生:はい。腸内環境を整えることで、自律神経も整います。ポストコロナ時代はメンタルヘルスを見直し、精神面・肉体面ともに健康管理をしていくためには腸内環境を整えるのが何より大切です。メンタルの不調というと、脳からアプローチしようと思うかもしれませんが、実は脳をコントロールしているのは腸ですから。
食物繊維が腸の善玉菌を元気にする
――では具体的にどんなことをすると、腸内環境が整うのでしょうか?
小林先生:腸は内側と外側の両方を鍛えてもらいたいですね。内側というのは食事のことで、食物繊維、発酵食品、乳酸菌、ビフィズス菌などをしっかり摂ってください。なかでも、食物繊維が特に重要ということが分かっています。
――なぜ食物繊維が重要なのでしょうか?
小林先生:食物繊維が腸内細菌のエサになるからです。腸にはもともと乳酸菌、ビフィズス菌などの善玉菌がいますが、エサになるものがないとそれらの菌も元気が出ません。食物繊維が善玉菌のエサになることで善玉菌が増え、腸内環境を整えてくれます。
食物繊維の平均摂取量は、1950年頃には1人あたり1日20gを超えていましたが、近年は1日14g前後です。食物繊維の摂取量が減ったことと、生活習慣病や大腸がんが増加したことは関連があると考えており、これらを予防するためにも、食物繊維をしっかり摂ることが必要です。
――大事だと分かってはいても、食物繊維を毎日しっかり摂るのは難しいですよね。
小林先生:腸内環境は1日2日で改善するものではなく、継続して取り組むことが何より大切です。忙しくても継続的に食物繊維を摂っていただくには、とにかく手軽でなければ続かないと思います。そこで昨年出版した本では、バナナをおすすめしました。バナナなら包丁もお皿もいりませんし、持ち運びもしやすいです。
小林弘幸著『腸を整えたければバナナを食べたほうがいいこれだけの理由 医師も実践している本気の腸活』(アスコム)
小林先生:バナナには不溶性食物繊維、水溶性食物繊維のほかに、レジスタントスターチという食物繊維と同じ働きをする成分が豊富に含まれています。レジスタントスターチは特に青いバナナに豊富なのですが、これのすごいところは不溶性と水溶性、2つの食物繊維の機能を兼ね備えているところです。不溶性と同じように排便を促す働きもあれば、水溶性と同じように善玉菌のエサになる働きもあります。さらに、善玉菌を腸の奥深くまで運んでくれる役割があることがわかってきました。
――では外側から、腸を鍛えるにはどうすればいいのでしょう?
小林先生:腸に運動をさせるのがよいです。腸には小腸と大腸があって、小腸は体に固定されていませんが、大腸は4点で固定されているので外側から手でつかむことができます。臓器の中で体外から手でつかめるのは大腸だけです。おなかの両側をつかんでマッサージすると、大腸に刺激が伝えることができます。おなかをひねる運動も効果的です。
大腸が動かすことで便が運ばれますので、よい排便につながります。便秘外来でも、こうした運動指導をしています。
便を我慢すると便意が起こりにくくなる
――便秘だと「トイレに行きたい」という便意が起こりにくくなると聞きますが、なぜですか?
小林先生:便意がないという症状は多いですね。直腸のところに便が来ると、直腸の壁が押されて広がり、直腸肛門反射が起きます。それが脳に伝播して、便意を感じてトイレに行きます。ところが、ちょうどいい量の便が直腸に来たとき、すぐに出さずに我慢をするということを繰り返すと、便意を感じにくくなります。また、我慢を繰り返すことで直腸が鈍くなると直腸肛門反射が消えて便意がなくなってしまうのです。
――便意がなくなってきた人に、便意を復活させることはできますか?
小林先生:それは可能です。直腸を常に空にした状態を保つよう治療をしていれば、徐々に正常な直腸に戻りますので、適量の便が溜まった状態で便意を感じるようになってきます。浣腸や座薬などを使用して直腸に便がない状態を保つのが重要です。
ただし高齢者などの場合、便意を取り戻すのが難しいこともあります。そうしたときは、毎日決まった時間にトイレ行くことをお勧めします。便意がなくても、トイレにいって便座に座ると排便があるという方もいます。便が出ない場合は、長時間いきまずにトイレから出た方がよいです。気にしないことが大切です。
便秘を気にしすぎないのも大切
――便秘で悩んでいる方に伝えたいことはありますか?
小林先生:排便回数が週に3回未満であったり、毎日出ていても残便感や腹部膨満(おなかの張り)がある状態を便秘といいます。ただ私は患者さんには週に1、2回出ていればいいですよと伝えるようにしています。便秘の方は「毎日出ていないといけない」という意識がストレスになって、強迫観念になっている場合も少なくありません。そうした方には、週に1、2回でもいいというと途端に改善することもあります。
――「排便がなければいけない」というストレスがなくなると、便秘が改善することもあるんですね。
小林先生:残便感やおなかの張りについても、気にされている方は多いと思います。しかし検査をすると本人の訴えとは異なり残便や張りが認められない場合もあります。これは腸が残便やおなかが張る感覚を覚えてしまっている状態です。そうした方には、一度排便やおなかの張りのことを忘れてくださいとお願いしています。便秘外来では必要な治療や薬の処方、食事・運動指導などを行ないますが、患者さん本人にもあまり几帳面に考えすぎないほうが良くなるよと伝えています。
――ありがとうございました。
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