災害時のトイレ

ウクライナ避難者支援活動とトイレ衛生

日本トイレ研究所
日本トイレ研究所
Japan Toilet Labo.

2022/05/13

日本トイレ研究所ではトイレや排泄に関する勉強会を不定期に開催しています。
4月26日(火)にはウクライナとハンガリーの国境近くの避難者施設で、医療支援活動などを実施した難波 妙さん(特定非営利活動法人AMDA 理事)をお招きし、活動の内容やトイレ環境についてお話いただきました。
以下に、その模様を紹介します。

特定非営利活動法人AMDA(以下、アムダ)では、ハンガリーのベレグスラーニー(Beregsurany)やキシュバールダ(Kisvarda)など複数の拠点で支援活動を行っています。今回はウクライナとの国境の村、ベレグスラーニーで実施した支援活動を中心にご報告いただきました。

AMDA理事、難波 妙さん(背景の写真はベレグスラーニーのヘルプセンター)

アムダのメンバーは、3月16日からベレグスラーニーのヘルプセンター(避難者施設)にある仮設診療所で、ハンガリーの医療者とともに避難者の診療を開始しました。24時間交代で合同医療チームから医師・看護師が支援を行いました(アムダによる支援は4月16日以降も継続中)。

医師5人、看護師2人、調整員2人で現地に入り、様々な団体・関係者と協力しながら、1日あたり15~20人の患者の手当てをしたり、健康相談などの支援を実施。避難者を支えるボランティアスタッフのケアも行いました。

ベレグスラーニーのヘルプセンターにある仮設診療所(撮影:アムダ)

難波さん:「ヘルプセンターにたどり着いた方々は、みなさん必死に逃げてきた様子でした。銃で脚を撃たれて応急処置のみで避難してきた女性や、頭が陥没する怪我を負った女性もいました。極度のストレスを受け続けてきた状況で、吐き気や頭痛など様々な症状を訴える人も多くいました。子どもの行方が分からなくなり精神的に不安定になった女性や、戦闘を目撃し話せなくなった子ども、逆に饒舌になった母親など、様々な状況の方がいました」。

仮設診療所で避難者の治療を行う様子(撮影:アムダ)

ヘルプセンターは避難後初めて安心できる場所

ウクライナからの避難者の総数は4月20日現在で508万5360人、このうちハンガリー国内への避難者の総数は47万6213人に上ります。(UNHCR)。
このヘルプセンターには多い日には1日1000人、少ない日でも数十人がやってきたそうです。

避難者はベレグスラーニーから首都ブダペストへ向かい、さらに他の国へ親戚や知人を頼って移動していく人がほとんどです。避難の経由地であるヘルプセンターへの滞在は長くても2~3日、短い方だと数時間という状態だったそうです。

そうした状況のなか、アムダでは治療以外にも看護師が足湯やマッサージなどのケアを行ったり、子どもたちが少しでも笑顔になるようにとお絵描きやイースターエッグのペイントを行ったりしました。

難波さん:「ヘルプセンターはウクライナから必死に逃れてきた方々にとって、初めて安心できる場所になっていました。到着した時は「写真を撮らないで」と言って緊張した様子だった方と接するうち、アムダの医師が手にとげが刺さっているのを見つけ、抜いて差し上げると、初めて笑顔を見せて打ち解け「記念の写真を撮ろう」と仰っていただいたこともありました」。

ヘルプセンターのトイレに驚き

こうした支援活動のなかで、難波さんが驚いたというのが、ヘルプセンターに設置された仮設トイレです。

ヘルプセンターに設置されたコンテナ型の仮設トイレ(撮影:アムダ)

難波さん:「本当にきれいなトイレでした。コンテナ型トイレは、地面に配管が接続され、水洗トイレになっていました。電気は使えなかったものの、トイレ内は普段の生活と同じように使えました。別の場所に汲み取り式の仮設トイレもあり、どちらもボランティアの方が清掃し、非常にきれいな状態に保たれていました」。

難波さんがなぜそこまで驚いたかというと、過去の日本の被災地支援で見た仮設トイレとの落差が原因でした。

難波さん:「日本の被災地では仮設の和式トイレで苦労している人を沢山見てきました。(しゃがむことができずに)便器の周りに新聞紙を敷いて座って用を足したり、トイレで転倒して怪我をされたお年寄りもいました。障害がある人、お年寄り、妊婦さん、子どもには和式トイレがとても使いづらいと過去の被災地で感じました」。

きれいなトイレは避難所の安心につながる

さらに、難波さんはトイレの環境衛生が、避難所全体の環境を左右すると指摘します。

難波さん:「トイレがきれいに保たれていることは、避難所が落ち着いて安心できる環境であることとイコールであると感じます。(被災地支援を実施した)熊本地震の際は、感染症から避難者を守るために、私自身もトイレをとにかくきれいにすることを心がけていました。今回のベレグスラーニーの支援では、残念ながらトイレ掃除に携わることはありませんでしたが、ボランティアの方がいつもきれいなトイレで避難者の方を迎えられるよう、懸命に努力されていたと思います」。

普段、排泄物を瞬時に流し去ってくれる水洗トイレに慣れていると、「いざとなればトイレくらい何とかなる」と考えがちです。
しかし、トイレが使えなくなっても排泄は止めることができません。排泄物を衛生的に管理することができなければ、感染症が広がる危険性があり、排泄を我慢すると体調を崩すことにつながります。そして排泄は人としての尊厳に関わるため、トイレが不快な場所には安心して滞在することができません。
ストレスにさらされた環境下において、トイレが衛生的で使いやすい環境であることは、人々の健康を守ることに直結しています。

最後に、難波さんが現地で強く感じた思いを紹介して締めくくりたいと思います。

難波さん:「自然災害は人間には止められませんが、ウクライナの人道危機はまぎれもない人災であり、止めることができたはずです。支援活動をしながら何度も「どうして…、どうして…」とそればかりを考えていました。平和は多くの人が積み木細工のように積み上げてきたものであり、一瞬にして崩れてしまうものだと現場で強く感じました。平和の大切さを伝えていくことが私たち全員の使命ではないかと考えています」。
(文:日本トイレ研究所)

=====
特定非営利活動法人AMDA
AMDA(The Association of Medical Doctors of Asia)は相互扶助の精神に基づき、災害や紛争発生時、医療・保健衛生分野を中心に緊急人道支援活動を展開。世界32の国と地域にある支部のネットワークを活かし、多国籍医師団を結成して実施している。1984年設立。
URL: https://amda.or.jp/
=====

日本トイレ研究所
日本トイレ研究所
Japan Toilet Labo.

「トイレ」を通して社会をより良い方向へ変えていくことをコンセプトに活動しているNPOです。トイレから、環境、文化、教育、健康について考え、すべての人が安心しトイレを利用でき、共に暮らせる社会づくりを目指します。

PICK UP合わせて読みたい記事